ドコノ森の線刻石

青森県田子町地域おこし協力隊のつっちーです。
以前東京でセミナーに参加した際に名刺交換して皆様に、

青森県田子町を知っているかどうか
知っている場合はどんなことを知っているか

尋ねました。するとまずは

にんにくの町
宇宙人の町

という回答が得られました。

 宇宙人……確かに1989年にキャトルミューティレーションではないかという牛の変死体が発見されたことがあります。乳房が切り取られ、血液は出ておらず。そしてこれは8月と10月に別の牧場で起き全く同じ状態であったとのこと。
 田子町はたっこにんにくと田子牛の町。田子のベコは高原の広々とした場所にいたりしますので狙われたのかもしれません。日本でのキャトルミューティレーションの事例は田子町だけのようです。また田子町だけゆえか、日本でキャトルミューティレーションは起きたことがないと言う人もいるようですね~(実際に起きました。宇宙人の仕業かどうかは別として)

 まあそれはさておき、青森県はミステリースポットの宝庫です。今日は田子町のミステリースポット『ドコノ森』という名の山(森というとこちらでは山を意味します)で見つかった不思議な線が刻まれた石の話題です。
 かつては様々な学者さんたちが調べたそうですが、一時期入山した方が石を持ち去るということが頻繁に起き、それからはあまり大きな声でこの場所を言うこともなくなってしまいました。昔はポスターもあったようですね。
矢追くんはまだ知らない
田子町歴史民俗資料館で発見

 かの有名な矢追教授がまだ知らないオカルトということでしょうか。ちなみに『タプコプ』とは田子町の語源となったアイヌ語(小高い丘という意味)。
 それで、ドコノ森に落ちていた石ですが、何点か写真があり、その線をなぞってみました。
ドコノ森06
ドコノ森05
桃木01

 アイヌ文字の流れを組むという神代文字(かみよもじ)『桃木文字(もものきもじ)』のカナ対照表と照らし合わせてみました。
 まあ感覚でなぞっただけですのでこれが正しいとは思いませんが、『イ』と『ウ』の線は大きくかなりはっきりとしています。アイヌ語で近い表現ですと、『イウォル』。狩場などの生活領域を意味する言葉。
 上のほうの3つ『ツ』『ル』『ハ』は他の文字の可能性(そもそも文字かどうかも不明ですが)もありますね。ツルハと言えば、北海道が本社のドラッグストア……。何か関係あるのか??? なーんてね。
(もちろん石に直接書いたわけじゃありません。コピー用紙ですよ)

お次はこの石
ドコノ森01
ドコノ森02
これは文字としても捉えられますが、絵のような感じになりました。この石の線刻を文字だとするならアイヌ文字に形が似ているかもしれません

 なんとなく、人の生活様式(戦争?)に見えなくもないような……^^; しかし模様が多く不思議な石です。石の写真はこれ以外にも確認しておりますが、同じ模様のものは見たことがないです。多くの資料を必要としています。

IMGP0472.jpg
川崎真治先生が線をなぞった図

川崎真治先生の説だと、シュメール族の神々が描かれているとのこと。

なんにしてもこのような考えたりするのはロマンがあります^^
ドコノ森は今年是非行きたいスポットですね。

facebook:筒崎靖史
↓気が向いたらね(∩´∀`@)⊃ ぽっちと
にほんブログ村 その他生活ブログ 街づくり・地域おこしへ



ドメイン取るならお名前.com

あなたもLINEスタンプで稼ごう!




看護師転職サービスに不満を感じた事がある?

はい・・・(-_-;)の方は

ナースコンシェルジュ



スポンサーサイト
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

No title
ああ、これ聞いたことあったけれど田子町のことだったんですね!

…って、いきなり全然違うところで興奮していますが、たしかに不思議ですよね。

それにしても「矢追さんもまだ知らない」って(笑)。

田子町のみなさんのお人柄が一番面白いかも^^


追記

昨日の記事についてですが(一緒にしちゃってごめんなさい)、娘のクラスが小学校の学習発表会のようなものでお囃子をみんなでやりました。

地元のおじいちゃん先生に教わったのですが、楽譜(のようなもの)をみせてもらったら、●印と「てん てん りーん」みたいな文字が並んでいてよくこれであの複雑な音楽?が演奏できるなぁとビックリしました。

口承伝統だからそもそも楽譜なんてなくて当たり前なんだろうけれど、複雑なリズムや節回しにあらためて日本のすごさを感じました。
日本ってすごいですよね!
ぷくさん改めてそう思います。
お嬢様の小学校の学習発表会、素敵だなあって思いました^^
地元のおじいちゃん、おばあちゃん先生がいなかったら廃れてしまうだろうなというものが
沢山あって、そういうものが何か媒体ではなく身体で受け継がれているんですよね。
その人がいなくなったら誰も知らないということも起きてくるんですよね。

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)